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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)3037号 判決 1983年9月08日

奈良県天理市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大国正男

大阪市<以下省略>

被告

株式会社 日本貴金属

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

井門忠士

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し別紙物件目録記載の株券を引渡せ。

2  若し、右引渡の執行がその全部又は一部につき不能となったときは、その不能となった株券につき口頭弁論終結時の時価一二九〇円を単価として算出した金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  被告は地金、貴金属、宝石、時計、ライター、めがねの売買及び輸出入、金融業等を業とする会社である。

2  原告は、昭和五七年二月八日より同月一一日までの間に、被告の従業員から「香港純金塊」の現物購入の勧誘を受け、

二月八日 一ユニット 一〇〇万円

二月九日 八ユニット 八〇〇万円

二月一〇日 五ユニット 五〇〇万円

二月一一日 一六ユニット 一六〇〇万円

の買付をし、その代金充当のため、別紙目録記載の株式を二月八日に一〇〇〇株、二月九日に九〇三一株、二月一一日に四〇〇株(合計一〇四三一株。以下本件株券という)を交付した。

3  右はその勧誘に当った被告従業員が、本件取引はいわゆる先物取引ないし清算取引ではなく、あくまで現物売買であって、且つ一ユニット即ち一〇〇万円で三七四〇グラム位の金塊の現物を直ちに入手することができる。今回は最初の取引であるから、手持の株券を現金代りに出せば時価の七割で現金に代用する旨申し向けたので、原告は、右株券の交付により、少くともこれと同価値の金塊の現物の引渡しを直ちに受け得るものと信じて、右株券を被告に交付したものである。

4  しかるに、被告は右株券の価格に相当する金の現物を引渡せないばかりか、恰も清算取引を開始したごとく処理されていることが分った。

5  本件取引において、右少くとも交付株券価格相当の現物の引渡を直ちに受け得ることは本件契約の要素であるが、真実はいわゆる先物取引であって、右現物の引渡を直ちに受け得るものではなかった。よって要素の錯誤があり本件取引は無効である。仮りにそうでなくとも、原告は前記被告従業員の言を信じて本件取引(株券引渡)をなしたが、右は虚偽であったから原告は詐欺に因る意思表示として昭和五七年三月一七日付書面(一八日到達)をもってこれを取消した。

6  よって、被告に対し、前記引渡した本件株券の返還を求め、その執行不能の場合には、株式時価一二九〇円を単価とする代償金の支払を求める。

二  被告の認否と主張

1  請求原因1は認める。同2は主張の頃被告会社従業員が、原告に対し、後記香港純金塊の現物延取引を勧誘し、その取引規約に基づく最低受渡代金代用証券として主張の日に本件株券の交付を受けたことは認め、その余は争う。同3は被告従業員が主張のようなことを申し向けた事実は否認し、原告が誤信した事実は争う。同4ないし6は争う。

2  被告会社従業員Bは、被告会社が、香港金銀業貿易場正会員宝発金号を通じて行なっている香港純金塊取引を、持参のパンフレット、同取引顧客承諾書、同取引説明書、同取引同意書(乙第一ないし第四号証)を示し、取引システムを口頭で説明し、取引を勧誘したところ、原告は取引を開始したい旨申し述べたため、右書面を手交し、かつ熟読を求め、その内容について納得して貰った後、原告の署名押印を貰った。

そして、同日、原告は、右取引システムに基づく第一回の取引として、一ユニットの買注文を出し、被告会社はこれを受けて、同日宝発金号日本総代理店、香港ゴールド・トレーディング・ユニオンを通じて香港金銀業貿易場に買注文を入れ、取引を成立せしめた。右取引に必要な最低受渡代金は一〇〇万円であるが、原告は本件株券をもって代用したいと申し入れたので、七割評価で受入れることを合意して、一〇〇〇株の預託を受けた。続いて、三月九日に八ユニットの、一〇日に五ユニットの買注文があり、被告会社は前同様の方法で取引を成立させ、前者に対しては三月九日九〇三一株の預託を受けたが、後者の最低受渡代金五〇〇万円分については一一日に四〇〇株だけ手渡され、残りは少し待ってくれとのことであった。しかし一方で原告は被告従業員Cの見透しを聞いて、同日更に一六ユニットを買注文したので、被告会社は前同様にして取引を成立させ、一八日に最低受渡代金の入金分二〇五五万円を預託して欲しい旨依頼した。ところが同日原告から主張の内容証明郵便を送られたため、その意思確認をすると、金は引き取らないとのことであった。

そこで被告は、金を引き取る意思がないのなら、反対売買で清算して貰うしかない旨申し入れ、原告よりその旨の諒承を得て、原告の取引の全てを決済する手続きを行い、その結果を原告に報告した。右清算結果は別紙顧客売買明細帳記載のとおりであり、差引七九三五円の損金が出る結果となっている。

3  ところで、本件香港純金塊取引は、いわゆる先物取引ではなく、現物延取引であって(註)、金の現物はその購入価額の総額を呈示して始めて引渡しを受けられることは、前記乙一ないし四号証と被告会社従業員の説明で原告は充分理解していた筈である(因みに、原告が取引に不満を持っていると聞いて原告方を訪問した被告本店管理副部長Dが、総代金を出して貰えば金の現物はいつでも引き渡す旨説明すると、原告は納得して、自分は現物を引取る気はなく、差金決済で利益を得たいと明言していた)。ただ現物取引ではあるが繰り延べができるため、反対売買による清算が可能であり、現実に引渡手続をしないで差金決済ができる。原告はそうした事実を十分承知していたものであり、要素の錯誤などはあり得ない。

(註) 清算取引の中に先物取引と現物取引がある。本件取引はワンプライス取引であり、先物取引特有の将来月別の複数価格はない。従って保険つなぎが限月を見て行われるということもない。又先物取引ならば、倉庫料とかプレミアムの如き負担が日日求められることも有り得ない。なお、昭和五八年政令第四号が中国金銀業貿易場を先物取引市場と指定したことについて、世界の金取引業界が通産省の無知と偏見を笑っている。

第三証拠関係

記録中証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実のうち、原告主張の日時に、原告が被告従業員に対し、本件取引に関し、主張の数量の本件株券を交付したことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件取引は香港純金塊の現物取引であるといわれ、右交付株券時価相当額の金の現物の引渡が直ちに受けられると思って右株券を交付したもので且つそれが本件取引における契約の要素であった旨主張し、被告はこれを争うので判断する。

1  証人Eの証言により成立を認め得る乙第一号証、成立に争いのない乙第二ないし第四号証、同第四六、四七号証と証人Eの証言を総合すると、(一)本件取引は、被告会社が顧客の注文に基づき、香港金銀業貿易場会員宝発金号の日本における総代理業香港ゴールド・トレーディング・ユニオンを経由して顧客の香港純金塊取引を、右宝発金号を通じて同貿易場において成立せしめ、その受領及び遂行をなすものであり、買注文の場合は、原則として現金の前金制となっているが、被告会社規定の受渡代金を預託すると口座が締結され、顧客は爾後その決済を希望する時にその受渡代金と総代金との差額及び口座開設後の所定の保管料、公息(プレミアム)を支払って現物の引渡しを受けることができる仕組みになっていること、(二)そのため被告会社は常時現物を一定量プールしてこれに応ずるが、もともと顧客の注文は宝発金号につながれているから、右引渡しのためには香港から現物を輸入することとなり、被告会社の手持量で不足のときは、その手続のため四日ほど顧客に待って貰うこともあること、(三)しかし、顧客はその取引の決済方法として、必ずしも代金全額を支払って現物を引取る必要はなく、何時でも売注文を出して清算することができ、買付時に比べ金の現物価格が騰貫したときは、前記所要手数量等を差引いても利益を得るかわり、その価格が下落したときは損失(当初に交付した最低受渡代金をもっても不足する差額を被告会社に払込まなければならない)するという清算取引の形態を選ぶことができるが、現実にも最低受渡代金を預託して取引口座を設けた顧客の多くはこのような清算取引をなし、真の現物取引をなす顧客はほとんどいないこと、(四)右口座を開設するには、一単位(一ユニット)が一〇〇テール、三七四二・五グラムでなければならず、本件取引当時右一ユニットの最低受渡代金は一〇〇万円であったこと、(五)被告は右最低受渡代金が、納入時比五〇パーセント以下になると追加受渡代金を求めることができ、何らかの理由により顧客が被告への支払を果たさない時は、被告は顧客への通知、催告なしに顧客の負担において、未決済の注文の全部又は一部を決済することができること、(六)口座が開設(最低受渡代金が預託)され、買注文をうけると、被告は香港貿易場での場立ちの時間毎に注文を確めたうえ、前記ユニオンに電話でこれを通じ、ユニオンはテレックスで宝発金号に伝え、宝発金号はすぐに直後の締切時に間に合うよう香港貿易場に注文を入れ、売買が成立すると逆の経路で被告会社に報告が入り被告会社はこれに基づき、顧客に対して買付報告を発給するものであることが認められ、これに反する証拠はない。

しかして、前掲各証拠及び成立に争いのない乙第五ないし第二三号証、証人Eの証言により成立を認め得る同第二五ないし第四五号証(うち二五号証は一ないし八)と原告本人の供述によると、本件各取引も右手順を踏んで、原告が被告従業員の勧誘により買注文を出して、本件株券が最低受渡代金代用証券として交付されてその都度口座が開設(但し、二月一六日の一六ユニットについては、最低受渡代金の納入がなく開設)されたことが認められ、これに反する証拠はない。

2  右認定の各事実によると、本件取引は被告のいう現物延取引であって(但しその実態は清算取引であるが故に必然的に信用取引類似の投機性を伴い、その決済限月が定まっていないという点では厳格な意味での先物取引そのものではないが、これとまぎらわしく、これを海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律〔昭和五七年法第六五号〕にいう先物取引と同一視すべきものとして行政規制を及ぼし得るかどうかの論点はしばらく措く。なお本件取引が行われたのは、同法制定前である。)、被告会社が受け入れた本件株券は、原告が同取引口座の開設を申し込んで、その所定の最低受渡代金代用証券として預託されたものであることは明らかであって、客観的には、本件株券の時価相当額の現物が直ちにその引渡しがなされることが契約の内容であり、その要素をなしていたものとは到底認められない。

3  もっとも原告本人の供述によれば、その主張のように誤信したというのであるが、右原告の供述中には現実に金の現物を引取るためには残代金の支払が必要であるが、現物を引取らずにこれを預けたままで値が上った時に売ればよいと考えていた旨及び一ユニットは約三・七キログラムであり、時価は一グラム二七〇〇円位だから一〇〇〇万円ほどであることは分っていて、これを一〇〇万円で取引できるのはおかしいので「先物取引でないのか」と問い或は「マージン取引なら取引しない」などともいって現物取引であることを確めた旨の供述もみられるのである。そうだとすれば原告は、本件取引が一ユニットを単位とする取引で、その価格が一〇〇〇万円ぐらいに達すること、従って現物取引といってもこれを完結させるには右相当代金全額を払込まなければならないこと、しかし原告は左様な大金を持ち合せていないので、値上りを待って売り決済をして差益を利得しようと考えて本件取引に及んだことは明らかであり、最低受渡代金代用証券として預託した本件株券の交付と引換えに、右取引単位の一部分であるこれに相当する現物の引渡、つまり部分売買がなされるものと誤信したという原告の供述は、たやすく措信できず、仮にその様に誤信したとすれば、通常の知識・経験を有すると認め得る原告としては重大な過失が存したものといわなければならない。かえって前示のように原告は先物取引やマージン取引ではないのかと自ら発言したというのであり、この種取引についても全くの無知であったとは思われない。

4  してみると、原告主張の「本件株券の交付により、これと同等価値の現物が直ちに引渡される」ことが契約の要素とされ、且つその点において錯誤があったことを前提に本件取引が錯誤無効であり若しくは詐欺によるものであるとする原告の主張は理由がない。

三  よって、本件において右の点で錯誤無効若しくは詐欺による取消を理由に本件株券の返還を求める本訴請求は、爾余の点を判断するまでもなく失当とせざるを得ない。

(もっとも、原告本人の供述によれば、四月になれば絶対値上がりするとの被告従業員の言を信じて取引に及んだと言い、これが真実とすれば過剰勧誘の疑いも持たれ、又、被告は最後の一六ユニットについては、原告から最低受渡代金が交付されるのを待たずに口座を開設し、且つ本件原告からの解約申込を受けて、これをも決済した結果その分として五四六万七八四二円の損失が生じているが、右は乙第一号証にも明記し、さきに認定した「受渡代金が納入されると、口座が締結され、取引が始められる」との原則に反し、且つ口座開説により顧客はさまざまの危険負担を負うのであり、受渡代金が現実に納付されることは顧客にその意思があるかどうかの確認として実質的には極めて重要な意味があることを考えると、原告本人が供述するように、最低受渡代金の納入は後でよいからとして取引の開始を慫慂して、軽軽に右原則を拒げて口座を開設したうえ、その解約申込がなされたこと若しくはその受渡代金の納入がないことを理由に手仕舞をして損失が生じていたからとして、その補填を求めることが許されるかは一つの問題点ではあろうが、原告の本訴請求にはそれらの見地からする主張・請求は包含されていない)

よって、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 潮久郎)

<以下省略>

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